川口剛生  かわぐち たけお

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1965年京都産。
 
3歳の頃。フォーククルセイダースの『帰ってきたヨッパライ』を歌いながら団地内を闊歩する愉快な幼児。

小学生の頃。西条秀樹の『傷だらけのローラ』を教壇で歌い悦になるイチビッタ子供。

中学生の頃。矢沢永吉の『成り上がり』を読み掃除箱の箒を時にマイク、時にギターと振り回すイキッタ中坊。

高校生の頃。『東京ロッカーズ』や『INU』を知りびっくり!
市内のライブハウスで知り合った田畑満(現ZENI−GEVA レニングラードブルースマシーン等で活躍)と互いに初めてのバンド『蛹』を結成。 西部講堂のイベントや京阪神のライブハウスをボチボチいわす。オムニバスレコード参加など精力的に活動するもメンバーの不良化オレのミーハー化著しく活動休止に。。 。
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83年11月関西ツアーに来ていた『暗黒大陸じゃがたら』の車に乗せてもらいそのままツアー同行で上京。 車内で聴いた『THE FOOLS』のファーストアルバム『weed war』のデモテープに驚愕!

ボチボチとバンドメンバー募集などしウダウダと活動しつつ『THE FOOLS』や山口冨士夫氏のバンドボーイのお手伝いなどさして頂きストリートロックの真髄S&D&R&Rの洗礼。阿佐ヶ谷、高円寺辺りのチンピラロッカーと化す。冨士夫氏から頂いた浮名『阿佐ヶ谷の悪い子達』(笑)

92年当時活動していたバンド『WOW』に木下弦二氏(現、東京ローカルホンク)がギターで参加。ちょくちょく都内のライブハウスをイワすが弦二氏の音楽性人柄に触れ、
「こいつには、敵わない」と、それまで伸び続けていた鼻っ柱をボキっと折りバンド活動休止。

93年6月吉祥寺曼荼羅でのソロライブを最後に音楽活動も休止。

 

 

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93年7月 カナダ ヴァンクーヴァーへ移住。
 なぜかラーメン屋で働く。メタリカ好きの女に知り合う。
 某日アイスキューブ氏のライブを観る。途中MCで氏の語る
「白人のキッズはギターを買ってロックした。オレ達にゃ金が無いので街角で声だけ言葉だけでマイクを握りロックンロールしたのだ」
 と言う言葉に鳥肌納得。
やはり音楽には垣根など無くその人の魂の躍動している瞬間がロックンロールなのだ!と再確認する。
以来モーツアルトもメタリカも同次元で楽しむ。
 
 

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  94年 魂の後継者を育てようと決意。
 帰国しまずは手に職つけようと本格的に室内装飾業に勤しむ。
97年 メタリカ好きの女と結婚。滋賀県に移住。
 本格的に魂の後継者育成計画開始。
 日夜子作り子育て勤労に精出し現在3名の後継者育成中。

 

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06年 「やはり子供を真っ当な道に導くにはロックンロールしかないっ!」
  と約12年振りにライブハウスのステージに立ち再び唸りだす!
 
 現在滋賀県湖西を拠点に京都、大阪、たまに名古屋、そろそろ東京で活動中!
 
 室内装飾業『川口内装』の事業主でもある。
 「内装工事全般引き受けます。ええ仕事しまっせ♪」